Last updated on August 31, 2018

シコタンキンポウゲ - 色丹金鳳花

Ranunculus grandis Honda var. austrokurilensis (Tatew.) H.Hara

シコタンキンポウゲ全体

海岸沿いの湿った環境で見られるシコタンキンポウゲ

Canon EOS6D + EF100mm F2.8L MACRO IS USM
Shiraoi Town in Early June, 2018

シコタンキンポウゲ全体

全体像はミヤマキンポウゲにそっくりです

Canon EOS6D + EF100mm F2.8L MACRO IS USM
Shiraoi Town in Early June, 2018

シコタンキンポウゲ根出葉

根出葉は3深裂して裂片はさらに切れ込みます

Canon EOS6D + EF100mm F2.8L MACRO IS USM
Shiraoi Town in Early June, 2018

シコタンキンポウゲ根出葉

根出葉には長い柄があります

Canon EOS6D + EF100mm F2.8L MACRO IS USM
Shiraoi Town in Early June, 2018

シコタンキンポウゲ葉柄

茎や葉柄に伏毛や上向きの毛が多いことは一つの特徴かも

Canon EOS6D + EF100mm F2.8L MACRO IS USM
Shiraoi Town in Early June, 2018

シコタンキンポウゲ茎葉

茎葉はやや厚めの手触りで形状は個体により千差万別

Canon EOS6D + EF100mm F2.8L MACRO IS USM
Shiraoi Town in Early June, 2018

シコタンキンポウゲ花

花は径2cmほど…美しい光沢を持つ花弁は写真での表現が難しい

Canon EOS6D + EF100mm F2.8L MACRO IS USM
Shiraoi Town in Early June, 2018

シコタンキンポウゲ全体

高さは環境により変化します…強風が吹きつける厳しい環境ではこんな姿

Canon EOS7D + EF100mm F2.8L MACRO IS USM
Erimo Town in Mid June, 2014

シコタンキンポウゲ全体

風を避けられるような場所では膝上あたりの高さまで生育しています

Canon EOS7D + EF100mm F2.8L MACRO IS USM
Erimo Town in Mid June, 2014

色丹金鳳花 - シコタンキンポウゲ

- キンポウゲ科 キンポウゲ属 -

環境省RL(2015) 準絶滅危惧(NT)

北海道にもようやく訪れた初夏、概ね6月がシコタンキンポウゲ Ranunculus grandis var. austrokurilensis の花期。海岸近くの草原や湿地で、美しい黄金色の光沢を放つ花が、潮の香りを纏う風に揺れています。北海道と青森県の太平洋沿岸に分布し、北海道では東へ行くほど多い一方で、青森県での分布が確認されているにもかかわらず、なぜか渡島半島では見られないことが不思議。ただしその渡島半島では、北海道内において分布が限られるウマノアシガタ R. japonics (別名キンポウゲ) が見られるようです。

初めてシコタンキンポウゲを見た時、え?こんなところに ミヤマキンポウゲ R. acris subsp. nipponicus が?と思ってしまったほど、素人目にはよく似ている両種。先に登場したウマノアシガタも同様ですが、光沢がある黄色の花弁をお椀型に咲かせるキンポウゲ属の種はどれもよく似ていて、植物に興味を向け始めた頃には見分けに難儀していました。ミヤマキンポウゲはある程度標高がある環境に生育していますが、北海道では海岸環境で高山植物が生育することは珍しくありません。しかし、シコタンキンポウゲとミヤマキンポウゲが混生しているという話は今のところ聞かないので、生育環境で見分けることも一つの手段かもしれません。北海道よりさらに北方のサハリンや千島列島ではどうなのでしょうね…行ってみたい。

シコタンキンポウゲの最大の特徴は、先端に子株ができる走出枝を生ずること。ミヤマキンポウゲやウマノアシガタは走出枝を出しません。とはいえ、いちいち根元を弄ることは難しいかもしれないので、他に外観でわかる特徴としては果実 (痩果) の残存花柱がゆるく曲がること、茎や葉柄に伏毛や上向きの毛があることでしょうか。ただしこれらの特徴も個体差がかなり大きい上に連続的なので、総合的に判断することが重要ですね。個人的な見解ですが、特に茎の下部や根出葉の葉柄で多く見られる伏毛や上向きの毛は、シコタンキンポウゲと見当をつけることができる特徴の一つかもしれません。ミヤマキンポウゲにも茎や葉柄に伏毛が見られますが、上部では比較的目立つ一方で、下部はほぼ無毛と言えるほど毛はまばら。ウマノアシガタには開出毛を有するという特徴があります。その他北海道に分布する類似種としては、ハイキンポウゲ R. repens も湿地環境で見られますが、シコタンキンポウゲの根出葉は単葉が3深裂することに対しハイキンポウゲの根出葉は3出複葉なので明らかに異なります。主に日本海側の多雪地域に分布する エゾキンポウゲ R. franchetii は全体的に毛が少なめで茎中部から分岐することが多く、3深裂する茎葉の裂片は先がとがらず、強いて例えるなら ニリンソウ Anemone flaccida のようなイメージなので、シコタンキンポウゲと見紛うことはないでしょう。

現在のシコタンキンポウゲは当初、アイヌキンポウゲ R. transochotensis として原寛博士により記載され、シコタンキンポウゲという和名は館脇操博士により色丹島から記載された植物に当てられていましたが、上述の通り走出枝を持つことから、同様に走出枝を持ち、すでに岩手県から記載されていたオオウマノアシガタ R. grandis の変種 var. transochotensis とされました。その後、形態的な区別が認められないことからアイヌキンポウゲはシコタンキンポウゲに含まれるという見解が支持され、現在に至ります。

走出枝を出さないミヤマキンポウゲやウマノアシガタの染色体数は 2n=14 ですが、走出枝を出すシコタンキンポウゲは 2n=28 の四倍体。同じく走出枝を生じるキンポウゲ属は他にもあり、本州中部に分布するグンナイキンポウゲ R. grandis var. mirissimus はシコタンキンポウゲと同じ 2n=28、尾瀬ヶ原で局所的に生育するオゼキンポウゲ R. grandis var. ozensis (シコタンキンポウゲに含める見解もあり) と、青森・岩手・栃木県に隔離分布する既出のオオウマノアシガタは 2n=42 の六倍体とされています。

これらの進化の歴史に関し、原寛博士が仮説を立てています。まず第三紀の頃、温暖な気候に適応したウマノアシガタが二倍体祖先から分化し、日本の東方へ分布を拡大。後に走出枝を伸ばす特性を獲得した四倍体種 (おそらくシコタンキンポウゲ) がウマノアシガタあるいはその祖先から生じ、北方へ拡大。その後の氷河期に、四倍体種 (おそらくシコタンキンポウゲ) はウマノアシガタが優占していた本州中部まで南方に分布を拡大。そして最寒冷期あるいは最終氷期の間に、ミヤマキンポウゲが現在の本州中部高山帯で見られる北方種と共に、北海道を経由して入り込んでいった。最終氷期が終わるとミヤマキンポウゲは高山帯に取り残され、分布域が連続していたであろうシコタンキンポウゲも本州中部では絶滅。オゼキンポウゲはシコタンキンポウゲ由来の六倍体と考えられ、北方種の主な分布域から隔離された尾瀬ヶ原湿原周囲の林下でわずかに生き残っている。オオウマノアシガタやグンナイキンポウゲは、シコタンキンポウゲから直接的に派生したかどうかは疑わしい。現在、本州に隔離されているこれら倍数体の種が、多系統由来の可能性はあり得るかもしれない…とのこと。浪漫がありますね!情報の入手が容易になった現在、単なる素人でも目の前で咲いている植物の素性をもう一歩踏み込んで調べていくと、遥か古代へ思いを馳せることもできますよ。植物を観察する醍醐味の一つと言えるかもしれません。

【 参考文献 】

原寛 (1937)「みやまきんぽうげノ一群」植物研究雑誌 13(10), pp.775-777, ツムラ.

原寛 (1943)「おほうまのあしがた及ビソノ近縁種」植物研究雑誌 19(11), pp.357-360, ツムラ.

原寛 (1971)「Ranunculus subcorymbosus Komarov の正体」植物研究雑誌 46(7), pp.221-224, ツムラ.

Hara, H. and S. Kurosawa. 1956. Cytotaxonomical Notes on the Ranunculus acris Group in Japan. The Botanical Magazine 69: 345-352. doi.org/10.15281/jplantres1887.69.345

Hinoma, A. 2007. FLORA OF HOKKAIDO - Distribution Maps of Vascular Plants in HOKKAIDO, JAPAN.
[ http://abies.s16.coreserver.jp/maps/plants/m6649pa.gif ] (accessed August 26, 2018).

細井幸兵衛 (2011)「青森県の北限・南限植物」植物地理・分類研究 58(2), pp.77-87, 植物地理・分類学会.

門田裕一 (2006)「キンポウゲ属の新帰化植物3種とセイヨウキンポウゲ」植物研究雑誌 81(5), pp.298-301, ツムラ.

北川政夫 (1966)「東亜植物断想録 (22)」植物研究雑誌 41(12), pp.363-371, ツムラ.

Ohwi, J. 1965. FLOLA OF JAPAN in English: 448.

田村道夫 (1970)「日本およびその周辺地域のキンポウゲ類」植物分類・地理 24(4-6), pp.153-167, 日本植物分類学会. doi.org/10.18942/bunruichiri.KJ00002992153

梅沢俊 (2008)『北海道 初夏の花 絵とき検索表』pp.42-43, エコ・ネットワーク.

梅沢俊 (2017)『新北海道の花』p.72, 北海道大学出版会.

梅沢俊 (2018)『北海道の草花』p.123, 北海道新聞社.

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